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青森地方裁判所八戸支部 昭和50年(ヨ)29号 判決

債権者(別紙選定者目録記載の者の選定当事者) 田名部小一郎

〈ほか二名〉

債権者ら訴訟代理人弁護士 加藤康夫

同 金沢茂

債務者 八戸鋼業株式会社

右代表者代表取締役 沼田吉雄

右訴訟代理人弁護士 宮本光雄

同 竹内桃太郎

同 渡辺修

同 吉澤貞男

同 小西克彦

主文

一、別紙選定者目録記載の者九三名がいずれも債務者の従業員としての地位を有することを仮に定める。

二、債務者は右選定者らに対し昭和五〇年八月以降毎月一〇日限り別紙賃金一覧表記載の各金員を仮に支払え。

三、申請費用は債務者の負担とする。

事実および理由

第一、当事者の求めた裁判

一、債権者ら

主文第一、二項と同旨

二、債務者

1、債権者らの申請をいずれも却下する。

2、申請費用は債権者らの負担とする。

第二、当事者間に争いのない事実

一、債務者八戸鋼業株式会社(以下会社という。)は、東京都中央区に本社を、八戸市に工場(以下八戸工場という。)を有する資本金一、〇〇〇万円の株式会社であり、別紙選定者目録記載の者(以下選定者らという。)は、八戸工場の従業員として会社に雇用され、毎月一〇日にそれぞれ別紙賃金一覧表記載のとおりの各賃金(会社における賃金は月末締切り翌月一〇日払いであり、日給制の者と月給制の者がいるが、日給制の者については操業停止期間中は二六日分を一ヶ月分とすることになっていた。)の支払を受けていたところ、会社は、昭和五〇年六月二七日、選定者らに対し、同年七月一日付で解雇する旨の意思表示をなし(以下本件解雇という。)、同年七月一日以降選定者らの従業員たる地位を否認し、賃金の支払をしない。本件解雇は会社が就業規則五三条七号の「やむを得ない業務上の都合によるとき」にあたるとして解雇したものである。

二、会社は、八戸工場(以前は八戸市小中野北二―一〇にあったが、公害問題を生起したので、製鋼部門は昭和四八年一〇月、圧延部門は昭和四九年一二月に、現在の同市大字河原木字北沼一―一の新工場に移転した。)において、鉄屑を電気炉(二〇トン一基)で熔解して粗鋼を造り、これを圧延機にかけて一三ないし二〇ミリの小型異型棒鋼(丸棒)を生産しているものであり、その製品の使途は専ら土木・建築の鉄筋として使用されている。そしてその製品の販売は、丸紅、伊藤忠、日商岩井、阪和興業、入丸産業、芝本産業の六商社で構成する「八鋼会」に全量を一括販売する方式をとっており、毎月の生産量、単価は「八鋼会」と会合を持ち、情報交換を行なったうえ決定している。

丸棒鋼生産者は、その生産形態ないしは事業規模により、高炉(事業者数七)、平電炉(同五五)、単圧(同二七)、伸鉄(同一〇一)の四部門に区分されるが、会社は平電炉メーカーに属する。

会社の過去の生産実績は、昭和四八年度六四、八六九トン、昭和四九年度四〇、六五八トンであり(いずれも旧工場における実績)、現在の工場においては未だ定常操業の実績を有してはいないが、その設備からみて、概略の生産能力は月七千トンである。

三、八戸工場の従業員は一七七名であったが、そのうち一四六名は鉄鋼労連八戸鋼業労働組合(以下組合という。)を結成しており、選定者らは全員その組合に所属している。

四、本件解雇に至る経緯は次のとおりである。

(一)  昭和四八年秋のいわゆるオイルショックの影響で、昭和四九年八月ころから丸棒市況が悪化したため、同年九月二六日、会社は組合に対し、同年一〇月一日から一ヶ月間操業を停止することを通告し、双方協議の結果、会社は組合に対し次の趣旨のことを確認した。

1、平常作業につく迄は原則として基準内賃金とするが、減収分の補填については源資の調達がつき次第善処する。

2、操業は丸棒の需要が出たときに再開する。休業期間は一〇月一日から一ヶ月間を予定しているが、情勢が好転しない場合は更に継続する。

3、右休業は倒産を避けるための一時的処置であるから解雇はしない。

右により会社は昭和四九年一〇月一日から操業を停止し、同年一一月以降も丸棒市況が好転しなかったため、昭和五〇年一月三一日まで操業停止期間を延長した(以下、第一次操業停止という。)。

(二)  昭和五〇年三月に至っても市況が好転しないため、会社は、同月一九日、組合に対して同年四月一日から六月末日迄を予定として休業をし、その間は雇用保険法に基き基準内賃金の一〇〇%を支払う旨提案し、組合は、同月二一日に会社に対し、現在の情勢の下においても従業員の解雇はしないこと及び賃金の補償を要求したところ会社は次のとおり回答をした。

1、四月一日から三〇日迄休業する。五月については四月下旬決定する。

2、休業中は全員一時帰休とする。

3、四月分賃金は基準内賃金(一〇〇%)の二六日分を五月一〇日に支払う。

4、一時帰休に伴う解雇はしない。

組合は右回答を了承し、同年四月一日から会社は休業となり、従業員は一時帰休となった(以下第二次操業停止という。)。

(三)  会社は、その後も一ヶ月毎に一時帰休を延長してきたが、昭和五〇年五月二八日の団体交渉で、組合に対し、同年七月に操業不可能な場合は、一時解雇し、失業保険で操業再開迄頑張ってもらわなければならなくなるかもしれない旨発言し、その頃同趣旨のことをハガキで従業員に通知した。

(四)  そして昭和五〇年六月二七日、会社は、八戸工場の従業員のうち管理職職員を除き、現場労働者全員一五三名(労災で通院中の一名を除いて組合員全員および非組合員八名)に対し、かねて操業を停止していたものの製品である丸棒の市況が回復しないので同年七月一日付で解雇すると通告した。

第三、争点

一、被保全権利の存否(本件解雇の効力)

(債権者ら)

債権者らの主張は、別紙「債権者らの主張」のとおりである。

(債務者)

債務者の主張は、別紙「債務者の主張」のとおりである。

二、保全の必要性

(債権者ら)

会社が選定者らに対して行った解雇の意思表示は前記の如く無効であるに拘らず、会社は昭和五〇年七月一日以降選定者らを従業員として取扱わず、且つ賃金も支払わないので、選定者らは会社に対して雇用関係確認、賃金請求訴訟事件の提起を準備中であるが、会社の従業員として賃金を生活の主たる資とする選定者らはその確定をまつことのできない緊急の必要性があるので、申請の趣旨記載の如き仮処分申請に及ぶものである。

(債務者)

債権者らの右主張は争う。

第四、疎明関係《省略》

第五、争点に対する判断

一、被保全権利の存否(本件解雇の効力)について

(一)  《証拠省略》を綜合すると、次の事実が認められる。

1、丸棒は各種鋼材の中でそのときどきの市況に大きく左右される最も代表的な市況商品であり、その生産量のうち約六一%を平電炉メーカーが占めているが、平電炉業界は、新日鉄、日本鋼管など経営規模、資金力などの強大な高炉メーカーとは異なり、資金力、企業基盤の脆弱な中小企業が乱立しているため、その過当競争体制から好況時には無秩序な設備投資、増産を行う一方、不況時には資金繰りの上からも製品価格が原価を割っても生産を続けねばならないという体質を内包している。

平電炉業界は、昭和四四年から昭和四五年にかけての好況時には競って設備投資に乗り出し、その後昭和四六年から昭和四七年前半にかけての不況時には一時不況カルテルを組むなどの沈滞期があったものの、昭和四七年後半からは世界的な鋼材不足による輸出好調等に支えられて市況が好転し、再び設備投資が活発となり、需要の増大とオイルショックによる経済の混乱が同時に丸棒の高値を呼んで昭和四九年前半迄は著しい好況を呈した。

しかしながら、いわゆるオイルショックが引起したインフレーションの抑制のための総需要抑制政策の下に、官公庁需要が抑えられ、民間設備投資も大きく後退したうえ輸出の需要も減り、丸棒業界は昭和四九年後半から深刻な不況に直面するに至った。そして、前述の平電炉業界の体質から、需要減退に伴う生産量の減少がなされない結果、製品価格の低落と原料の屑鉄価格の相対的高値となったため、平電炉業界の中には運転資金を得るため原価を割っても赤字生産販売をするというメーカーが現れた。

2、会社においても、前記の丸棒市況の好調時にはかなりの利潤蓄積をはかり、設備投資も行なったが、昭和四九年八月ころから不況にまきこまれ、需要の減退から「八鋼会」が同年九、一〇月分生産の製品を引き受けかねる意向を示したこともあって、同年九月二五日、会社は、赤字覚悟の生産は倒産につながると判断し、企業の温存のため一切の生産活動を停止して市況の回復を待つほかはないとして昭和四九年一〇月一日からの第一次操業停止を決定した。

3、これにより会社は昭和四九年一〇月一日(圧延部門は一〇月一〇日)より操業を全面停止し、その間、従業員には昼間だけ勤務させて環境整備等の作業に従事させ、基準内賃金の一〇〇%を支払い、そのほか時間外、夜間作業の割増賃金のある製鋼・圧延の職場員には一人月額約一五、〇〇〇円を付加して支払い、また昭和四九年の年末手当は一人平均約二五〇、〇〇〇円を支払ってきた。そして昭和五〇年二月および三月は、北沼の新工場の設備が整ったので、その試運転を兼ねて操業をし、約五、〇〇〇トンの製品を生産したが、依然として市況が低迷を続け、操業しても採算がとれる状況ではなかった。また昭和五〇年四月以降も市況回復の見通しが立たなかったため、会社は昭和五〇年三月に四月以降雇用調整給付金の支給を受けて、一時帰休を実施することを決定し、同年四月以降第二次操業停止の措置をとった。

4、第二次操業停止に先立ち、昭和五〇年三月三一日、会社は掲示板に掲示して希望退職者募集をなしたが、その掲示には、丸棒業界および会社の苦況を述べたうえ、「会社と運命を共にしたくない方。会社の方針に同調出来ない方。会社の業務命令に服したくない方等はこの際希望退職して結構です。希望者は至急労務まで申し出て下さい。特別退職金を支払います。」とあるだけで対象人員、退職金の額など希望退職の条件を明示しておらず、また会社自身それらを具体的に検討していなかったし、組合に対しては前日他の事項につき団交をした際希望退職者があれば募集する旨を伝えただけで、組合との間に具体的協議はもたなかった。その結果退職希望申込者は一人も居なかった。

5、第二次操業停止以来も会社は毎月基準内賃金を支払い(なお、会社はその支払った賃金の約三分の二を後に雇用調整給付金から還付を受けた。)、手形の決済、借入金の返済、公租公課、基本電力料などの支払を行なってきたが、昭和五〇年四月以降丸棒市況は一段と悪化(在庫率の激増と製品価格の低下)したため、会社は、雇用調整給付金の支給が打ち切られる昭和五〇年七月以降においても操業再開の状況にはならず、その可能性は早くても昭和五一年四月以降であり、その間現人員を擁したまま賃金(昭和五〇年六月当時約一、七〇〇万円)の支払を続けるならば、会社の存続は極めて困難であると判断し、企業の存続のみはあくまで維持し、市況の好転するまで冬眠状態を続けるため、事務部門の最少限の要員を残して、一時全員を解雇することに決定し、本件解雇となった。

6、会社は本件解雇に際し、選定者ら従業員に対し昭和五〇年六月二八日付の文書で「再開のメドが更に長期に延びたため今後失業保険あるいは他に就職(一時)して再開まで頑張っていただくことになった次第です。現時点では再開の時期、規模等ははっきり見通しがたたないため一〇〇%再雇用の確約は出来ませんが一〇〇%再雇用に最大の努力をすることを確約します。操業再開は今の時点では早くても来春と予測しますが、若し情勢が急変して再開の条件が整えば何時でも繰り上げて操業再開をします。……」と通知した。しかし本件解雇後現在に至るまで操業再開には至っておらず、また操業再開の時期および再開の際の再雇用の規模、基準、条件等も全く明らかでない。

7、なお、解雇にあたり会社は解雇された従業員の他事業への再就職の斡旋などの努力は全くしていないし、事前に職業安定所に届出で、再就職への配慮を依頼した形跡もない。

(二)  以上認定した事実および前記争いのない事実に基づいて考察すると、本件解雇は、不況により操業を続けても赤字になるだけで採算がとれないため、市況が好転して採算がとれるまで一時操業を中止し、その間最少限の要員を残して全員解雇し、操業再開の時には被解雇者の中から会社が必要とする人員を再雇用することを予定してなした解雇である。会社は解雇にあたって操業再開時には被解雇者の中から相当数の者を再雇用すると表明しているので人数としてはかなりの者が再雇用されるものと期待できるが、個々の従業員に対して再雇用の約束はしておらず、操業再開に誰をどういう基準で再雇用するかは全く使用者の判断で決まるものとみられるから、本件解雇は、操業再開時の再雇用を条件とした解雇ではなく、会社の都合(即ち従業員の責によらない事由)による、再雇用の保障のない解雇といわなければならない。

(三)  ところで、企業が経営困難に遭遇した場合、これをどのようにして克服するかは経営者が自らの責任において自由になし得ることである。しかしながら、その方法として従業員の解雇をする場合には、信義則上、一定の制約があるものとされる。即ち、企業の経営困難を克服する方策の一つとして従業員の解雇があり、この方法をとるか否かは経営者の自由であるが、一方、従業員は賃金収入で生活している者であるから万一解雇されるとその従業員だけでなくその収入で生活をしている家族も直ちに生活基盤を失うことになり、しかも終身雇用制と年功序列賃金体系を常態とする日本の雇用の現状からすると再就職は減収を覚悟しなければならないし、また不況時にはその再就職さえも容易ではない。したがって、従業員のおかれている右のような立場を考慮すると、企業がその存立維持のため従業員の責によらない事由によって解雇しようとする場合には、信義則上、第一に、解雇をする前にこれを回避するため十分なる努力をすると共に、それが避けられず解雇をする場合には解雇による従業員の犠牲を最少限にするための努力をすること、第二に、解雇するにあたっては、従業員に対し(組合がある場合には組合を通して)、事前に、その解雇のやむを得ない事情と解雇の規模、時期、それに再雇用の予定があればその規模、基準、条件などについて、十分説明をし、従業員の納得を得られるように努力することが要請される。

しかして、使用者がその義務に違反して従業員を解雇した場合には解雇権の濫用として無効となるものと解される。

そこで以下これらの点について検討する。

(四)  第一点について

会社は、かつて経験したことのない深刻な不況に襲われたため、第一次操業停止、第二次操業停止、一時帰休、そして本件解雇と順次これを克服する方策を講じ、もって企業の存立維持を図ってきた。しかしながら、次に述べるとおり、会社は、解雇に先立って検討すべき希望退職者の募集、関連企業への配転など解雇を回避するための努力を怠り、また解雇にあたって検討すべき再雇用の保障、再就職の斡旋など従業員の犠牲を最少限にするための努力をも怠っていたものと認められる。

① 人員整理をする場合、会社の一方的意思に基づく解雇によるよりも、従業員の意思に基づく希望退職者の募集などによる任意退職の方が従業員の犠牲が少ないことはいうまでもない。したがって希望退職者の募集が適切に行われるならば解雇を回避する有力な手段となるはずである。然るに、会社は、前記のとおり、本件解雇に先立って昭和五〇年三月末に掲示板に掲示して一応希望退職者の募集をしたものの、募集人員、退職金の額など希望退職の条件を定めておらず、また希望退職者の募集について組合と正規に交渉したこともなく、それに掲示に記載された前記文言などからみると、会社は希望退職者を募集して円満に退職させようとする努力をしなかったことは明らかである。希望退職を申出た者が一人もいなかったことが何よりの証左である。

本件の場合、会社は操業再開のときには被解雇者の中から相当数の者を再雇用(ただし会社の場合は正しく新規採用の方式)する予定であるが、全員の再雇用は期待できないのであるから、そうであるなら少なくとも操業再開のときになっても再雇用される見込みのない人員については特にこの希望退職によって円満に退職させる努力がなされて然るべきであったと思料されるが、会社はこれさえも検討しなかった。

② 《証拠省略》によれば、会社には関連企業として八戸市内に藤崎産業株式会社(債務者会社の社長の息子が社長となっている資本金四〇〇万円の会社)と八戸白浜観光株式会社(債務者会社の社長が自ら社長となっている資本金二、〇〇〇万円の会社)の二つがあり、現に右藤崎産業に対してはこれまで好況時に会社の従業員を数名出向させたことが認められる。然るに、会社は本件解雇に先立ってこれらの企業に出向(配置転換)させる措置は採らず、それらを検討した形跡さえ認められない。もとよりそれらの企業に出向させるとしても自ら限度がありわずかの者しか期待できないと思われるが、たとえ少数でも従業員の解雇を回避する方法の一つとして検討して然るべきであった。

③ 会社は本件解雇は会社を存続させ、操業再開の暁には従業員が復帰し得べき職場を確保するためのやむをえない措置であったと主張して、従業員の立場も考慮した措置であることを強調している。会社が本当に従業員のことを考えるのであれば、解雇による犠牲を最少限にするため、可能な限り再雇用の規模、基準、それに雇用条件などについてこれを明らかにし、また可能な限り個々の従業員にその再雇用を保障することが望まれるところ、前記のとおり会社は操業再開時には被解雇者を優先的に再雇用する方針であることを言明しているだけで、個々の従業員に対し再雇用の約束は全くしておらず、また再雇用の規模、基準、それに雇用条件などについて全くこれを明らかにしていない。

④ 本件解雇は会社の都合で従業員を解雇するものであるから、その被解雇者の蒙る犠牲を最少限にするためその者の再就職がしやすいようにその斡旋などに努めて然るべきところ、会社は全くこの措置をとらず、また職業安定所に対してもそれについて特別の配慮を要請した形跡がない。

⑤ 《証拠省略》によれば、本件解雇による退職金としては、従来からあった協定退職金(一年につき一万円)と中小企業退職金が支払われたが、その総額は、例えば勤続一〇年(年齢三一歳)で二三万余円、勤続一五年(年齢三八歳)で三七万余円、勤続二〇年(年齢四七歳)で四六万余円、勤続二三年(年齢五七歳)で五六万余円という低額であって、特別加算は全くなされていないことが認められる。

一方、《証拠省略》によれば、会社は第一次操業停止に入った後に高山稲荷神社(青森県西津軽郡車力村所在)に建立費一、二五〇万円の鳥居を寄進し、八戸市公会堂の建設資金として一、〇〇〇万円の寄附をしたことが認められる。

以上①ないし⑤の事実によれば、本件の場合、会社は本件解雇を回避するための努力及び解雇による犠牲を最少限にするための努力を欠いていたことは明らかである。

(五)  第二点について

《証拠省略》、それに前記解雇の経緯を併せ考えると、会社が組合に対し解雇の可能性のあることを言い出したのは昭和五〇年五月二八日のことであるが、その後、同年六月二七日の本件解雇通告のときまで会社は、組合ないし従業員に対し事前に解雇の必要性、時期、規模などについて、何ら説明をしておらず、同日以後も数回にわたって団体交渉がもたれたにもかかわらず、会社は、その際も、この不況を乗りきるためやむをえない措置である旨を抽象的に述べただけで、解雇の必要性などについてなんら具体的説明はしていないことが認められる。また、会社は前記のとおり操業再開のときは被解雇者の中から相当数を再雇用する方針であるにかゝわらず、その再雇用の規模、基準、雇用条件などについて組合に対しても全く説明をしていない。してみると、会社は本件解雇にあたって組合に対して事前にその解雇のやむをえない事情等を十分説明して納得のえられるようにする努力を欠いていたものと認められる。

(六)  以上のとおり、会社は、企業の存立維持に急なあまり、解雇の前及び解雇にあたって信義則上なすべき右第一、第二の各義務を怠ったものであって、総じて従業員に対する配慮を著るしく欠いていたものということができる。したがって、本件解雇は解雇権の濫用といわざるをえない。

そうすると、本件解雇は、その余について判断するまでもなく、無効であり、したがって選定者らは昭和五〇年七月一日以降においても依然として会社の従業員たる地位を有していることになる。そして選定者らが会社から毎月別紙賃金一覧表記載のとおりの各賃金を翌月一〇日に支払を受けていたことは前記のとおり当事者間に争いがない。

二、保全の必要性

選定者らが会社から賃金を得て生活している労働者であり、本件解雇後会社から従業員としての地位を否認され、賃金の支払を受けていないことは当事者間に争いがないのであるから本案判決の確定をまっていては回復し難い損害を蒙るおそれのあることは明らかである。

第六、結論

よって、選定者らが債務者会社の従業員たる地位を有することを仮に定め、かつ昭和五〇年八月以降毎月一〇日限り別紙賃金一覧表記載の各金員の仮支払いを求める債権者らの本件仮処分申請は理由があるから、債権者らに保証を立てさせないで、これを認容すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 角田進 裁判官 鈴木正義 戸舘正憲)

〈以下省略〉

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